松葉孝宏 経歴書

昭和38年 神奈川県横浜市に生まれる
昭和45
~50年
とにかく算数「だけ」は得意な小学生時代をすごす
昭和51
~53年
とにかく数学「だけ」は得意な中学生時代をすごす。何故か平泳ぎは泳げた。その後水泳の先生になるとはこの時は思いもよらず・・・
昭和54
~56年
とにかく数学「だけ」は得意な高校生時代をすごす。何故か短距離走は速かった。未だに謎
昭和57
~63年
水泳の先生になる
昭和60年 会計事務所に勤務する
昭和61年
昭和62年
昭和63年 いろんな人にやさしくしてもらったな~
平成元年
平成2年
平成3年 この頃独立を決意
平成4年
平成5年
平成6年 独立した。
平成7年 未上場株式の株価の鑑定(特に精算税を控除するかどうか)依頼を受け、午前3時に帰り、午前6時に家を出る生活を2月送る・・・10キロ太る
平成8年 深夜アルバイトをしていたコンビニエンスストアーの社長から近辺のお店を大量紹介される
平成9年 「ルックスだけで今まで税理士をやって来れた」と言ったら税理士の諸先輩に失笑される
平成10年 初めて職員採用・・・一緒に働いてくれる人ができた。忙しくて毎日終電にのれず・・・5キロ太る
平成11年 中古の大きなシュレッダー(現在も使用中)を買う。事務所が狭いのになんでこんなにデカイの買うのか?と友達の税理士に笑われる。
平成12年 現在の事務所に移転。「え!会計事務所???家賃払えんの?」と現大家さんに笑われる
平成13年 クライアントの売掛金が突然税務署に差し押さえられる事件が発生・・・無事解除される
平成14年 お客様の質問をそのまま録音して担当者に繋ぐために録音式のデジタル構内交換設備を購入・・・その後壊れる
平成15年 お客様の代わりに土地の売買の条件交渉に出かけ、怖い人に囲まれる
平成16年 この年分の所得税・消費税より電子申告を始める
平成17年 電子帳簿保存を始める。相続のお手伝いで依頼者に「先妻の子供にあって来い」と言われ会いに行く。暖かく迎えられる。
平成18年 法人税法35条改正により会計事務所向きに「特殊支配同族会社判定ソフト」を発売・・・全国的に良く売れた
平成19年 税理士法33条の2の書面添付をしているクライアントに突然飛び込みで税務調査に来る。統括官本人が法律違反であることを指摘。税務調査そのものが無くなる。
平成20年 「給与決断ソフト」を発表。・・・今でも使っている。本当に欲しいものは自分で作らなきゃいけないのかも
平成21年 シートベルトをしないで警察に捕まる。子供に「おまわりさんからお手紙(違反切符)もらったよ!」といったら「パパ凄い」と言われた。
租税補佐人講座で慶応大学院へ通う。何十年かぶりで学割が使えた
また税理士の「御本尊」と呼ばれるあこがれの右山昌一郎先生の門下に・・・人生楽しい事が多いです。
平成22年 補佐人講座で毎晩検事の先生と酒を飲む。お互い酒弱いわ・・
37キロオーバーで捕まり市原警察&千葉地検へ・・・「パパ凄い」と言われず。。。検事の先生に相談すると「早く謝れ!!」。仕事に生かすために「被告人」気分を味わおう!(この検事の先生は蓮舫にいびり出され弁護士へ・・・)
平成23年 ★何十年振りかでスキーを滑る。むかしは「白銀の妖精」と呼ばれたのに・・・面影はなく。★海でなんとかというイソギンチャクに刺され足が大変な事に・・・しばらく見世物になる。
平成24年 ★土日食事込みで7,000円というゴルフコースへ10名で行く・・・蚋に刺され象さんの様な足に・・・昨年のイソギンチャクも目撃している母から「あんた足弱いね」と言われる。(鍛えます!!)
★税理士の御本尊と呼ばれる右山昌一郎先生他と箱根へ。右山先生より「たまにはこういうのもいいよな・・・」とお言葉を賜る。右山先生とは翌週映画鑑賞だし、来月上高地だし、さ来月はぶどう狩りだし(ぶどう狩りでどうやって酒飲むのだろ?)、、、凡人の私にはわからない深い意味に悩む。
★回転寿司で下の息子が高いお皿を掴んだ途端に上の娘が「うちはびんぼーだからだめ!」と言って皿を奪った。「ねー、ぱぱ」と言いながら皿を返した。
平成25年 SAJの2級に合格!!・・ついでに1級のテストを見学し、スキーのスピードに圧倒される。
笹岡宏保先生のもとで相続税を学ぶ・・・凄い先生ですわ。鉄道おたく・・・もとい鉄道にも深い造詣があられ、東北新幹線の盛岡までが何故320キロも出せるのかを聞き、当然すぐに乗りに言った。盛岡ついでに平泉へ行く。毛越寺にて右山先生そっくりの石造を発見!写真を見せ御本尊に激怒される。
ゴルフコンペでボール8個無くし、パッグが軽くなる。
シリコンバレーに行き、インテル・google・アップル等視察。ジョブズの家に齧ったリンゴが供えられていた。
こどもに紛れて漢検を受ける。3級合格~
その後もクライアントに育てられながらも何とか生きながらえる。